日本を代表する大山脈、北アルプス。
その中でも国内最難関と言われているポイントがあります。それが「ジャンダルム」「大キレット」です。
今回はそこに単独で挑戦してきた時の記録です。
国内最難関ルートへの挑戦
こんなところに挑戦する人間は馬鹿だ。
はじめて「その光景」を見た時の僕の素直な感想です。たぶんほとんどの人が同じことを思うんじゃないでしょうか。だってこれですから。
山登りではなく「山渡り」と言ったほうが適切なんじゃないでしょうか。後ほど登場しますが、ここは「馬の背」と呼ばれる超難所です。足幅すらありませんので、岩の側面にしがみ付くか、跨いで通過する形となります。もちろん、一歩でも足を踏み外せば数百メートルは滑落しますので、命を落とすか、少なくとも致命傷は免れません。
今回のルートは、一般登山道における国内最難関ルートと呼ばれています。まさか自分がそんなルートに挑戦するとは思ってもみませんでした。登山歴1年半の僕にとっては「無謀」と言われても仕方ありません。ただ、大自然そして自分自身と真剣に向き合いたいため、挑戦することを決意しました。
もちろん自分の中では相応の準備を重ねてきたつもりです。そして、必ずしも登山歴と登山のスキルは比例しないという僕なりの仮説を検証してみたかったのです。何年登っているかではなく「どう登っているか」が問題だと感じていたからです。
西穂高岳 ~ 奥穂高岳 〜 槍ヶ岳(3泊4日)
【1日目】
上高地 ~ 西穂高岳山荘
【2日目】
西穂高岳山荘 ~ 独標 ~ 西穂高岳 ~ ジャンダルム ~ 奥穂高岳 ~ 穂高岳山荘
【3日目】
穂高岳山荘~ 北穂高岳 ~ 北穂高岳山荘 ~ 大キレット ~ 南岳 ~ 中岳 ~ 槍ヶ岳山荘
【4日目】
槍ヶ岳山荘 ~ 新穂高温泉
上高地から出発し、西穂、奥穂、北穂、槍ヶ岳を越え、新穂高温泉に下山するコースにしました。
最大の難所は2箇所。西穂 – 奥穂間のジャンダルムを超えた先にある「馬の背」と、北穂 – 槍ヶ岳間の「大キレット」です。
一般的には、一度の登山でどちらか一方に挑戦するようですが、今回は両者をつなげる形で挑戦しました。20kg以上を担ぐテント泊装備なので難易度はさらに上がります。
【1日目】上高地から出発
5:00 上高地に到着。新宿から夜行バスを利用しました。
早朝から営業している上高地食堂。やっぱり朝は和食!たくさん食べて、初日の登山に備えます。
西穂山荘に向けて出発
絶好の登山日和。暑いくらい。河童橋から梓川に沿って登山口を目指します。
登山口に到着
7:46 西穂高岳登山口に到着。今日はここから西穂山荘まで目指します。ちなみに西穂山荘までは新穂高温泉からロープウェイを使う手段もありますが、自分の足で登りたいため却下。
とは言うものの、西穂山荘まで4時間ほどの登りです。ただでさえキツい勾配。4日分の荷物を背負っているためなかなかハード。ロープウェイ組が多いのか山荘まで誰とも会いませんでした。
9:36 宝水に到着。西穂山荘までもう一息。
分岐の看板が見えれば山荘はすぐそこです。もう一踏ん張り!
西穂山荘に到着
10:57 西穂山荘に到着。まだ初日だと言うのにかなり応えました。お腹も空いたので、お昼ごはんは山荘名物の西穂ラーメンをいただきました。
まだ午前中ですが、この日はテント場でゆっくりしました。夕方頃、小屋の方がわざわざテント場まで足を運び、翌日の天気をお伝えしてくださいました。しばらく天気が続くとのことで安心です。
そして、夕飯の準備をしていた時のこと。隣でテント泊をしていた女性に「もしかして去年、燕岳でお会いしました?」と声をかけられたのです。そう、表銀座縦走の時に燕岳で会話をした女性だったのです。まさかこんな偶然があるとは。というか凄い記憶力。そして、既に大キレットとジャンダルムを通過してきたとのこと。しかもテント泊装備。もう尊敬でしかありません。またどこかでお会いできたら嬉しいです。
【2日目】ジャンダルムへの挑戦
2日目。いよいよ戦いが始まります。この日は12時間の勝負。途中に小屋はありません。予報通り天候は晴れ。ただ、真夏の炎天下の稜線歩きなので、水を4リットルほど準備しました(穂高岳山荘に着く頃には空になっていました)命懸けの一日なので、まさに真剣勝負です。
4:30に西穂山荘を出発し、5:23に丸山に到着。ここまでは緩やかなハイキングコースですが、この先は険しい岩場が続きます。
6:18 独標に到着。ここから先はピークごとに番号が割り振られています。独標が11峰で、徐々に数字が小さくなり、西穂高岳が1峰になります。
振り返ると、富士山や八ヶ岳、南アルプスが綺麗に見えます。
少しずつ気温が上がり始めました。遮るものがないので暑い!
ピラミッドピーク(8峰)に到着。ここまで険しい岩場の連続です。西穂 ~ 奥穂間は基本的に急峻な岩場が続きます。ここが僕の誤算で「本当に大変なのはジャンダルムとか馬の背とかの核心部だけなんでしょ?」と思っていたんですが、そんなことはない。ずっと激しいアップダウンが続くのでかなり体力を消耗します。
僕が登った一週間後にも、この辺りで男性が120mほど滑落、その後亡くなられたという事故がありました。まだ核心部ではありませんが、逆にこういうところに危険が潜んでいるのが山の怖さでもあるんでしょうね。
【登山事故はどんなところで起こる?】
登山事故は、危険箇所だけでなく、むしろ危険箇所を通過した直後や「なんでこんなところで?」と思うような場所で多く起きています。
一概には言えませんが、原因は「気の緩み」です。下山時に事故が起こりやすいのも同様の理由です。ただし、これは登山だけでなく何事にも共通すること。僕が登山で学んだ大切な教訓の一つです。
チャンピオンピーク(4峰)に到着。あと少しで西穂高岳です。
西穂高岳に到着
8:15 西穂高岳に到着。ここでUターンする方がほとんどでした。
若い男性が「いつか槍ヶ岳までつなげる変態縦走しちゃう?」と話していました。ということで僕は変態縦走を続けます。
西穂高岳をすぎると、さらに急峻な岩場が連続します。恐らく後続者はいませんので、万が一落ちても助けてくれる人はいません。慎重に進みます。
最初の難関「逆層スラブ」の登場
最初の難関「逆層スラブ」です。その名の通り、逆層になっているため、足を置くことが難しくなっています。鎖を使い、靴底のフリクションを効かせながら、滑らないように登っていきます。
11:50 天狗のコルに到着。ここがエスケープルートになります。ここまで急峻な岩場の連続で体力的にも精神的にもかなり消耗した状態。本気でエスケープしようか迷ったくらいです。
快晴、無風、体調も別に悪くない、食料も足りている。エスケープする理由ががなにひとつ見つからなかったので登り続けます。眼下に見えるのが上高地。「あぁ昨日の朝、あそこでごはん食べたのが懐かしいなぁ。早く帰りたい。」なんて思ってしまいました。
一つ越えればまた岩壁。この繰り返し。20kg以上の荷物がかなり応えます。
そろそろか… そんなふうに思っていました。そして、不穏な空気と共に現れたのがジャンダルムです。ちなみにジャンダルムとはフランス語で「前衛峰」という意味。主峰の奥穂高岳を守るかのように立ちはだかることからそう名付けられたそうです。
よく見ると先行者が3人ほど見えます。ゲームの世界でしか見たことのない光景が目の前に広がります。こんなところ本当に登れるのかと。
ジャンダルムの頂上に向かいます。
ジャンダルムに到着
14:17 ジャンダルムに到着。名物の天使と2ショット。このために三脚を担いできたようなもんです。
ジャンダルム、そしてロバの耳と呼ばれる難所を通過しました。よくこんなところ通過してきたな、と自分でも思ってしまうほどの岩壁。写真で見てもどこをどう通ってきたのかいまいち分かりません。
最大の難所「馬の背」に挑戦
そして、いよいよ現れました。最大の難所「馬の背」です。よく誤解されますが、ジャンダルムと馬の背は別のポイントになります。ジャンダルムは先程の天使がいた場所のこと。そして、ナイフのように左右が切れ落ちたポイントが「馬の背」です。(僕も説明がしやすいように馬の背のことも”ジャンダルム”と呼んでしまっていますが… )
覚悟を決めて進みます。もう、登るというよりも「渡る」「跨る」「張り付く」と言うほうが適切です。鋭利なナイフのように左右が切れ落ちていますので、一歩でも足を踏み外せば、見えなくなるまで滑落するんだろうな… というのがはっきりわかります。足場を探しながら慎重に進みます。なお、写真は岩に跨った状態で一旦休憩しながら撮影しています。
無事に通過しました。通過した後、人生で初めて「足が震える」という体験をしました。気付いたら涙も溢れていました。興味深いのは、通過している最中ではなく、通過した後に起こるんですね。人間、極限の状態まで追い込まれると予想外のことが起こるものです。
日本で三番目に高い山「奥穂高岳」に到着
奥穂高岳(3,190m)に到着。日本で三番目に高い山です。一位が富士山(3,776m)、二位が北岳(3,193m)です。ただ、難易度は飛び抜けています。山の標高と難易度は必ずしも比例しません。ここは厳しい試練を乗り越えた人のみが立つことのできる場所です。
17:27 穂高岳山荘に到着。撮影に時間がかかり、到着が遅くなってしまいました。結果、この日は13時間行動したことになります。
やっと長い一日が終わりました。
ただ、まだ闘いは終わっていません。明日は北アルプス屈指の難所「大キレット」が待ち構えています。
疲れてはいるものの、まだまだ枕を高くしては寝れないのでした。