伊勢神宮を創建した『倭姫命』を訪ねて

伊勢神宮に祀られているのは天照大御神あまてらすおおみかみです。

では、その伊勢神宮を建てたのは誰なのか?

ふと疑問に思いました。

伊勢神宮の歴史を調べてみると、倭姫命やまとひめのみことという人物にたどり着きました。

そして、そこには壮大なストーリーがあることがわかりました。

そもそも、伊勢神宮は最初から今の地にはなかったということです。

第10第 崇神すじん天皇の時代に国内に疫病が蔓延します。その原因は、天照大御神あまてらすおおみかみを宮中に祀っているからではないかと考えられました。偉大な神様と一緒に暮らすことは畏れ多いことだとされたのですね。

そこで、天照大御神あまてらすおおみかみをお祀りするのに相応しい場所を探すことになります。その役に任命されたのが二人の皇女でした。最初に任命されたのが豊鍬入姫命とよすきいりひめのみこと、そして、次に任命されたのが倭姫命やまとひめのみことでした。

倭姫命の巡幸地

天照大御神あまてらすおおみかみの御神託を受けながら日本各地を巡ります。そして、ようやく辿り着いたのが五十鈴川いすずがわのほとりでした。現在の伊勢神宮がある場所です。

もう2000年以上も前の話です。そこに至るまでには大変な苦労があったそうです。天照大御神あまてらすおおみかみは日本の神様のトップですからね。その神様が鎮座する場所を決めるわけですから、ものすごい責任と重圧だったでしょう。

現在の地に落ち着くまでに各地で数年お祀りしていました。数年間はある場所でお祀りし、次の場所にお引越し。そして、また数年お祀りしたら、次の場所にお引越し。天照大御神あまてらすおおみかみをお祀りするのに相応しい場所を求めて各地を巡幸されます。その巡幸地は現在も「元伊勢」としてお宮が残されています。

そして、伊勢の地に至った時、次のような御神託ごしんたくが下ります。

天照大御神の御神託

この神風の伊勢の国は、常世とこよから波が幾重にも寄せては帰る国である。都から離れた傍国かたくにではあるが、美し国うましくにである。私はこの国に宮殿を建てて永遠に鎮座しようと思う。

【意味】神の風が吹く伊勢の地は、海の彼方にある世界から波が幾重にも折り重なって寄せられ、都からは離れているが、美しい国なので、私はこの国に住もうと思う。

お気に召されたようで、この地に永遠に住むことが決まったわけですね。実際に伊勢に行くと、風光明媚な景色に囲まれ、山の幸や海の幸も豊富で、とても素敵な場所ですよね。

伊勢に向かう電車にて

そんな偉大なストーリーを知ってしまったがゆえに、倭姫命やまとひめのみことのファンになってしまいました。今でいう「推し」ですね。そして、伊勢神宮の近くに倭姫命をお祀りしているお宮があると知り、次に伊勢に行った時には絶対に行こう!と決めていました。

天照大御神あまてらすおおみかみ倭姫命やまとひめのみことが一緒に旅をしたことから「日本初の女子旅」と呼んでいます。

倭姫命やまとひめのみことがお祀りされているのが倭姫宮やまとひめのみやです。自転車で伊勢市駅から内宮に向かう際、皇学館大学の横の坂道を通りましたが、そこにあります。

天照大御神あまてらすおおみかみ倭姫命やまとひめのみことの御神札をお受けすることができました。神棚の中央には天照大御神あまてらすおおみかみ、左側には倭姫命やまとひめのみことを仲良くお祀りしています。

伊勢の神宮に参拝できることもありがたいことなのですが、その伊勢の神宮を建てたのが倭姫命です。倭姫命やまとひめのみことの尽力があったからこそ、こうして参拝ができるのも事実だと思います。その感謝の気持ちをお伝えすることができました。

ちなみに倭姫宮やまとひめのみやは、125社ある伊勢の神宮の中で最も新しいお宮です。功績を称えられ大正12年(1923年)に創建されました。

倭姫宮のすぐそばには神宮徴古館じんぐうちょうこかんがあります。式年遷宮で撤下された御装束神宝おんしょうぞくしんぽうや、神宮に関する資料が数多く展示されています。

館内は撮影禁止なので隅から隅まで目に焼き付けてきました。閉館ギリギリに伺ったので、また伊勢を訪れた際はゆっくり見学したいと思います。伊勢神宮をもっと知りたいという方にはぜひ行ってほしい場所です。ここは絶対に行ったほうがいい!と、私の尊敬する学者さんも仰っていました。

徴古館の隣に『神宮美術館』もありますがタイムオーバーでした。こちらは次回の楽しみになりました。

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