伊勢・奈良の旅。
前回は、纒向周辺で古墳や宮跡を巡りました。

今回はそこから少し時代をさかのぼり、磯城瑞籬宮(しきのみずがきのみや)へ。

第10代・崇神天皇(すじんてんのう)が宮を営んだと伝えられる場所です。
ここまで垂仁天皇、景行天皇ゆかりの場所を巡ってきましたが、ここで登場するのは、その前の時代を生きた崇神天皇。
そして、この崇神天皇の時代をたどっていくと、今回の旅の最初に訪れた伊勢神宮へとつながる物語が見えてきます。
磯城瑞籬宮跡|第10代・崇神天皇の宮
訪れたのは、桜井市にある志貴御県坐神社(しきのみあがたにますじんじゃ)。
境内には、
「崇神天皇 磯城瑞籬宮趾」
と刻まれた石碑が立っています。

『日本書紀』には、崇神天皇が瑞籬宮を営んだことが記されています。
現在、この地はその宮の伝承地とされています。


華やかな宮跡が残っているわけではありません。
静かな境内には石碑が立ち、その近くには4つの磐座(いわくら)が残されていました。


磐座とは、現在の神社のように社殿が建てられる以前の時代に、神が宿る、あるいは降り立つ場所として信仰された岩のことです。
しかも、その4つの磐座は一直線に並んでいます。こうした配置は珍しいそうで、古代の祭祀の姿を今に伝える場所でもあります。

三輪山をすぐ近くに感じるこの場所に立つと、ここが古代ヤマトの中心だったということを改めて実感します。
崇神天皇|国のかたちが整い始めた時代
崇神天皇は、第10代天皇。
『古事記』では、国内を治めるため各地へ将軍を派遣するなど、国の統治を進めた天皇として描かれています。
そのため、
「初国知らしし御真木天皇(はつくにしらししみまきのすめらみこと)」
とも呼ばれています。
初めて国を治めた天皇、という意味です。
一方で、その治世には大きな出来事もありました。
国内で疫病が流行し、多くの人々が亡くなったと伝えられています。
そこで深く関わってくるのが、三輪山に鎮まる大物主神(おおものぬしのかみ)です。

疫病と三輪山の神
『古事記』では、国中に疫病が広がるなか、大物主神が崇神天皇の夢に現れたと伝えられています。
そして神のお告げに従い、大物主神の子孫とされる大田田根子(おおたたねこ)を探し出し、大物主神を祀らせることになります。

私が最初に『古事記』を読んだとき、この「大田田根子」という名前が妙に印象に残りました。
「……ねこ?」
と、一瞬思ってしまったからです。
もちろん動物の猫ではありませんが、名前のインパクトもあって、大田田根子のことはよく覚えていました。
この流れを簡単に整理すると、次のようになります。

大田田根子が大物主神を祀ると、疫病はおさまり、国も安らかになったと『古事記』には記されています。
今回の旅では、大神神社や三輪山、その周辺を巡ってきました。
その三輪山の神・大物主神が、崇神天皇の時代の物語でも非常に大きな存在として登場します。
古代の人々にとって、国を治めることと神を祀ることは、切り離せないものだったのでしょう。
そしてこの時代、もうひとつ大きな祭祀の変化が起こります。
宮中から外へ出た天照大御神
現在、天照大御神は伊勢神宮(内宮)に祀られています。
しかし、それ以前は宮中で祀られていたと伝えられています。
つまり、崇神天皇が磯城瑞籬宮を営んでいた頃、天照大御神もこのあたりでお祀りされていたことになります。
しかし崇神天皇は、その神威を畏れ、同じ宮殿の中でお祀りすることを恐れ多いと考えました。
そこで天照大御神を宮中の外へ移し、お祀りすることになります。
その役目を任されたのが、崇神天皇の皇女、豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)です。
そして、この役目は、のちに第11代・垂仁天皇の皇女、倭姫命(やまとひめのみこと)へと引き継がれていきます。

まず豊鍬入姫命は、天照大御神をお祀りするため、倭笠縫邑(やまとかさぬいのむら)に神籬を立てたと伝えられています。
神籬(ひもろぎ)とは、神さまをお迎えするために木や枝を依り代として設けた神聖な祭祀の場のことです。
そして、その倭笠縫邑の伝承地のひとつとされているのが、
次に向かった檜原神社(ひばらじんじゃ)です。
檜原神社|伊勢神宮につながる「元伊勢」
三輪山の麓、山の辺の道沿いに鎮座する檜原神社(ひばらじんじゃ)。
大神神社の摂社で、御祭神は天照大御神です。


大神神社によれば、この地は崇神天皇の御代、豊鍬入姫命が天照大御神をお祀りした倭笠縫邑(やまとかさぬいのむら)と伝えられています。
それまで宮中で祀られていた天照大御神が、宮中を出て最初にお祀りされた場所と伝えられているのが、この地です。
そのため檜原神社は、
「元伊勢」
とも呼ばれています。
境内の左手には、天照大御神をこの地でお祀りした豊鍬入姫命を祀るお社もあります。


そして檜原神社も大神神社と同じく、本殿を持ちません。
正面に立つのは、特徴的な三ツ鳥居。
その向こうにある三輪山を拝する形になっています。

背後にそびえる三輪山は、大神神社の御神体とされる山です。
社殿の中に神様をお祀りするのではなく、山そのものを神聖なものとして拝する。
ここにも、古い信仰の姿を感じます。
ちなみに、この三ツ鳥居は全国的にも珍しく、以前訪れた三峯神社でも見ることができます。


檜原神社には大きな社殿が並んでいるわけではなく、三輪山の麓に静かな境内が広がっています。

天照大御神が伊勢へ鎮座する以前の物語。
伊勢で見てきたものの背景が、ここ三輪で見えてくる。こうして実際にその土地を巡りながら歴史をたどるのは、やはり面白いです。
伊勢から始めた旅が、三輪でつながった
今回の旅の初日、私は伊勢を巡りました。
そして数日後、三輪の地で、天照大御神が伊勢へ鎮座する以前の物語に出会いました。
大物主神が崇神天皇の夢に現れたことも、豊鍬入姫命が天照大御神をお祀りしたことも、この三輪と深くつながっています。
静かな境内で目を閉じ、二千年近く前のこの地に思いを馳せました。
こうして歴史が一本につながる瞬間が、旅の面白さですね。

