纒向日代宮と相撲神社を巡る|景行天皇・ヤマトタケルと相撲発祥の地

前回は、第11代・垂仁天皇が宮を営んだと伝わる纒向珠城宮を訪れました。

今回はそこから少し移動し、纒向日代宮(まきむくのひしろのみや)へ。

第12代・景行天皇が宮を営んだと伝えられる場所です。

その後は、相撲神社、大兵主神社(だいひょうずじんじゃ)へ向かいます。

このあたりは日本最古の道と言われる「山の辺の道」が通る細い道が多く、車では少し回りづらいため、近くの駐車場に車を停めて自転車で巡ることにしました。

雨続きで出番のなかった自転車も、ようやく出番です。

目次

纒向日代宮|景行天皇とヤマトタケル

纒向珠城宮から少し坂を上ったところにあるのが、纒向日代宮(まきむくのひしろのみや)。

第12代・景行天皇が宮を営んだと伝えられている場所です。

景行天皇といえば、やはり思い浮かぶのが倭建命(ヤマトタケル)。

『古事記』では、景行天皇が長男の大碓命(おおうすのみこと)に、美しい姉妹を連れてくるよう命じます。

ところが大碓命は、その姉妹を自分の妻にしてしまい、天皇のもとへ連れてきませんでした。

そこで天皇は、弟の小碓命(おうすのみこと)に兄を諭すよう命じます。

しかし小碓命は、兄を諭すどころか勘違いしたのか、トイレに入ったところを待ち伏せし、手足を引きちぎって殺してしまいます。

そのあまりの激しさに、景行天皇は恐れを抱きます。

小碓命はその後、西国の熊襲、さらに東国へと遠征することになります。

この小碓命こそ、のちの倭建命(ヤマトタケル)です。

有名な三峯神社も、実はヤマトタケルゆかり

実は、このヤマトタケルの東国遠征にゆかりのある神社があります。

埼玉県秩父市にある三峯神社(みつみねじんじゃ)。

パワースポットとして紹介されることも多く、名前くらいは聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。

三峯神社は、ヤマトタケルが東国遠征の途中に三峯山へ登り、イザナギ・イザナミをお祀りしたのが始まりと伝えられています。

境内にはヤマトタケルの銅像もあります。

有名な神社の由緒をたどっていくと、ここでもヤマトタケルの物語につながってくる。

こういう発見があると、歴史を知るのがさらに面白くなりますね。

三峯神社を訪れた記事はこちら。

ヤマト王権が少しずつ各地へ広がっていく時代。

そんな物語を思い出しながら、目の前に広がるのどかな景色を眺めていました。

相撲神社|相撲発祥の伝承地

地図を見ていると、近くに相撲神社なるものを発見。

「日本の原点を巡る旅」をしている私としては、これは気になります。

坂をのぼる形となりますが、せっかくなので寄ってみることにしました。

相撲神社には、垂仁天皇の時代に行われたとされる野見宿禰(のみのすくね)と当麻蹶速(たいまのけはや)の力比べの伝承が残っています。

当麻蹶速は、とても力が強く、

「自分より強い者と、命がけで力比べをしてみたい」

と話していた人物。

そこで出雲から呼ばれたのが、同じく力自慢の野見宿禰でした。

二人は垂仁天皇の前で力比べを行います。

最後は野見宿禰が勝利します。

これが相撲の始まりと伝えられています。

境内には、野見宿禰の像もいくつか見られました。

また、土俵もありました。

土俵を見て思い出したのですが、野見宿禰といえば、以前訪れた出雲大社の境内にも祀られていました。

ちなみに、私が「野見宿禰」という名前を初めて知ったのは、漫画の『バキ道』。

格闘技が好きな人なら、おなじみの漫画かもしれません。

こういうつながりも面白いですね。

穴師坐兵主神社|古代から続く穴師の古社

相撲神社の近くに、もう一社あることに気づきました。

大兵主神社(だいひょうずじんじゃ)。

正式名称は、穴師坐兵主神社(あなしにますひょうずじんじゃ)。

なかなか来られない場所なので、あとから「行っておけばよかった」とならないよう、寄ってみることに。

もともとこの地にあった

  • 穴師坐兵主神社あなしにますひょうずじんじゃ
  • 巻向坐若御魂神社まきむくにいますわかみたまじんじや
  • 穴師大兵主神社あなしだいひょうずじんじゃ

の三社が、のちに一つにまとめられたと伝えられています。

創建は崇神天皇の時代とも伝わる古社で、特に、穴師坐兵主神社(名神大社)は、式内社の中でも特に格式の高い名神大社みょうじんたいしゃに列せられています。

穴師に残るみかん発祥の伝承|田道間守と橘

そして、このあたりでもう一つ気になったのがみかん。

このあたりは古くから「穴師(あなし)」と呼ばれる地域で、みかん栽培発祥の地のひとつとも伝えられています。

ここで登場するのが、『古事記』『日本書紀』にも登場する、田道間守(たじまもり)。

垂仁天皇の命を受け、不老不死の霊薬を求めて常世の国へ向かい、長い年月をかけて持ち帰ったのが非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)です。

これは橘の実とされ、現在のみかんにもつながるものと伝えられています。

しかし、田道間守が帰国したときには、垂仁天皇はすでに亡くなっていました。

その死を知った田道間守は、深く悲しんだと伝えられています。

ここでもまた、垂仁天皇の物語につながりました。

奈良を巡っていると、こうした由緒ある神社や古代の物語が、すぐ近くに次々と現れます。

さすが、かつて日本の中心だった場所。

少し寄り道するだけでも新しい発見があり、それがまた別の物語へつながっていく。

奈良を巡る面白さを、改めて感じました。

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