伊勢・奈良の旅、2日目。
この日は伊勢のまちを離れ、奥伊勢へ。そこから山を越えて、奈良へと向かいます。
訪れるのは、瀧原宮をはじめとする、倭姫命ゆかりのお宮です。
前日に参拝した伊勢神宮。その始まりにつながる場所を、今回は少しずつたどっていきます。
山奥の静かなお宮に感動したり、細い山道の運転にひやひやしたり。雨に振り回されながらも、心に残る景色にたくさん出会えました。
瀧原宮|奥伊勢の森に静かに佇む、伊勢神宮の遙宮
倭姫命の足跡が残る「元伊勢」へ
まずは、三重県大紀町にある瀧原宮(たきはらのみや)へ。

瀧原宮は伊勢神宮の内宮の別宮で、昔から「遙宮(とおのみや)」と呼ばれてきたお宮です。
倭姫命(やまとひめのみこと)の巡幸にまつわる伝承が残り、「元伊勢」とも伝えられています。
元伊勢とは、天照大御神が現在の伊勢神宮に鎮まるまでに、お祀りされたと伝わる場所のこと。
多くの人が訪れる内宮とは、また違った雰囲気。山奥に、ひっそりと佇んでいました。
雨が止んで、光が差し込んだ鎮守の森
到着した頃、ちょうど雨が止んで、太陽が顔を出しました。
まるで、迎えていただいているかのようでした。

参道は、森の奥へと長く続いています。
その両側には大きな木々が並び、雨に濡れた森に光が差し込んでいました。なんとも幻想的な景色です。
瀧原宮の鎮守の森は、本当に圧巻でした。

実は、ある方の本で、瀧原宮の鎮守の森はぜひ見ておいたほうがいい、と紹介されていたことが、今回訪れたきっかけでした。
来て正解でした。
実際にこの森を歩いてみると、紹介されていた理由がよくわかります。しばらく、この景色の中にいたくなる場所でした。
四つのお宮と、珍しい御船倉
参道の先には、瀧原宮・瀧原竝宮(たきはらのならびのみや)・若宮神社・長由介神社の四つのお宮があります。

そして、少し珍しいのが御船倉(みふなくら)です。

御神体を覆う御樋代(みひしろ)を納める「御船代(みふなしろ)」を収納するとされる倉で、現在、神宮のほかのお宮には見られないものだそうです。
森の美しさだけでなく、こうした建物にも瀧原宮ならではの特徴があるのですね。
多岐原神社|倭姫命の渡河を助けた神様のお宮
瀧原宮とあわせて訪れたのが、多岐原神社(たきはらじんじゃ)です。

こちらは内宮の摂社で、倭姫命が宮川を渡るときにお助けした土地の神、真奈胡神(まなこのかみ)をお祀りしています。




倭姫命の旅には、こうして手を貸してくださる神様がいたのです。
瀧原宮の森も、多岐原神社の静かな佇まいも、奥伊勢まで来なければ出会えなかった景色です。
少し遠くまで足を延ばして、本当によかったと思いました。
御杖神社|倭姫命が残した「杖」の伝承を訪ねて
奥伊勢から、さらに山奥へと車を走らせます。
ただ、この道のりがなかなか大変でした。

車が一台通るのがやっとの道もあれば、最近の大雨の影響と思われる落石も。正直、かなり怖かったです。
途中、道の駅に立ち寄りました。

「御杖チュロス」を食べたかったのですが、まだ時間が早く、お店は開いていませんでした。残念。これは次に来たときのお楽しみにします。
そこから少し車を走らせ、御杖神社(みつえじんじゃ)へ。
こちらも、とても静かなお宮でした。

御杖神社には、倭姫命が天照大御神をお祀りする候補地のしるしとして、自分の杖を残したという伝承があります。
「御杖」という村の名前も、このお話に由来するそうです。
地名にまで、倭姫命の旅の記憶が残っているのは感慨深いものがありますね。

篠畑神社|倭姫命と、旅をともにした少女のお話
次に訪れたのは、篠畑神社(ささはたじんじゃ)です。

『日本書紀』に登場する「菟田の筱幡(うだのささはた)」に由来し、倭姫命が天照大御神をお祀りしたと伝わる、元伊勢の一社です。
ここには、倭姫命と大宇禰奈(おおうねな)という少女のお話が残っています。
倭姫命に出会った少女は、その後の旅に同行し、天照大御神が伊勢に鎮まるまでお仕えしたと伝わっています。
そして、神様のおそばで祭祀を担う「大物忌(おおものいみ)」という大切な役目を任されたそうです。
境内には、大宇禰奈をお祀りする佐々波多姫社もあります。

現在も、式年遷宮に関わる神事では、子どもたちが「物忌(ものいみ)」として奉仕しています。
伊勢神宮の始まりをたどっていくと、倭姫命だけでなく、その旅を支えた人たちのお話にも出会います。
前日に参拝した伊勢神宮へと、こうした出会いがつながっていたのだと思うと、感慨深いものがありました。
阿紀神社|伊勢とのつながりを感じる、緑豊かなお宮
御社殿を見上げると、鰹木が10本
続いて、阿紀神社(あきじんじゃ)へ。
こちらも倭姫命ゆかりのお宮で、『倭姫命世記』に記される「宇多秋宮」にゆかりのある、元伊勢の一つです。

緑に囲まれた境内で、御社殿をよく見てみると、屋根の上には鰹木(かつおぎ)が10本ありました。
現在の内宮と同じですね。

こうしたところにも伊勢とのつながりが感じられます。
阿紀神社には、今のお宮が建てられる前にお祀りしていた、古い場所も残っているそうです。
せっかくなので、そちらにも行ってみることにしました。
高天原|草をかき分けて、阿紀神社の旧社地へ
境内から見える、こんもりとした高台の森。
そこが、阿紀神社の旧社地と伝わる高天原(たかまがはら)です。

草をかき分けながら、5分ほど登っていきます。
すると、石で囲まれた祭壇のようなものがありました。その中央には石が置かれていました。

磐座なのでしょうか。
詳しいことまではわかりませんでしたが、ここで足を止め、しばらく眺めていました。
今の場所へお宮が移る前は、ここで天照大御神をお祀りしていたと伝わっています。
照巣|倭姫命の旅の始まりに思いを馳せて
次は、阿紀神社から車で10分ほどの場所にある照巣(てれす)へ。

ここも、阿紀神社の旧社地と伝わる場所です。
旧社地が二つあるので少しややこしいのですが、順番としては、
照巣 → 高天原 → 現在の阿紀神社
と、お祀りする場所が移ったとされています。
つまり、照巣は、倭姫命が旅の初めに天照大御神をお祀りした場所で「元伊勢中の元伊勢」とも呼ばれているそうです。
入口から祭祀跡までは、10分ほどの山道。
それほど長い道のりではないのですが、この時も土砂降りでした。地面もぬかるんでいて、たった10分でもなかなか大変です。

丘の上に着くと、倭姫命の祭祀跡を示す石碑が立っていました。

ここに倭姫命がやってきて、天照大御神をお祀りしたのでしょう。
昔に思いを馳せながら、しばらくその場で過ごしました。
伊勢神宮へとつながる旅をたどって
瀧原宮の鎮守の森から始まり、倭姫命ゆかりのお宮、そして照巣の祭祀跡へ。
前日は伊勢神宮にお参りし、この日は、その始まりにつながる場所を巡りました。
一つひとつの場所を訪ねることで、倭姫命の旅が少し身近に感じられるようになりました。
山道の運転も雨の中を歩くのも大変でしたが、静かなお宮や森の景色に出会うたび、ここまで来てよかったと思いました。
この日の旅は、まだ続きます。
次に向かうのは、雨と水を司る神様のお宮、丹生川上神社(にうかわかみじんじゃ)。
土砂降りの中、中社・上社・下社の三社を巡ります。

