休みを利用して、奈良を中心に古代の日本を巡る旅に出ることにしました。
奈良は、古代の日本を学ぶうえで欠かせない場所。
かつて日本の中心だった大和には、神社や古墳、天皇陵、宮跡など、日本のはじまりを感じられる場所がたくさん残っています。
今回は1週間ほどかけて、そうした場所を40〜50ヶ所くらい巡る予定です。
有名な観光地だけではなく、地図を見ないと分からないような小さな宮跡や古墳、山の中にある神社まで、かなり細かく巡ってみるつもりです。
なので今回はレンタカーではなく、東京から自家用車で向かいます。
泊まりも基本的には車中泊。
時間をあまり気にせず、その日の気分で動けるのも車旅のいいところです。
そして奈良へ向かう途中、まず立ち寄ることにしたのが伊勢。
毎年、伊勢の神宮には参拝すると決めています。
それに今回から、天照大御神が伊勢に鎮座されるまでの足跡をたどる「元伊勢巡り」も少しずつ始めたいと思っていました。
伊勢から奈良へ。
天照大御神や倭姫命の足跡をたどりながら、古代の日本を巡っていく。
今回もここから、長い旅が始まります。
まずは二見興玉神社へ
深夜に東京を出発。
東京から伊勢までは約480kmあり、途中で休憩を挟みながら7時間ほど走りました。
しかもこの日は、秋雨前線の影響でかなりの大雨。
なかなか大変なスタートです。
この日は一日で伊勢を巡る予定だったので、まず早朝に二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)へ向かいました。

お伊勢参りでは、伊勢神宮へ参拝する前に二見浦で身を清めるという古くからの慣わしがあります。
いわゆる浜参宮です。

今回もできるだけ昔からの流れに沿って参拝したかったので、まずはこちらへ。
御朱印とお神札を受けて、しっかり参拝。
朝早くから授与所が開いているのもありがたいです。
外はかなりの雨でしたが、早朝の二見浦は人も少なく、静かでとてもいい雰囲気でした。

そのまま外宮へ向かいました。
お伊勢参りは外宮から
伊勢神宮は、古くから外宮から内宮の順で参拝する習わしがあります。
今回もその順番で巡ります。

まずは伊勢神宮 外宮(豊受大神宮)。
お祀りされているのは、豊受大御神(とようけのおおみかみ)です。
食事をはじめ、衣食住や産業を司る神様として信仰されています。
伝承では、天照大御神が
「一人では安らかに食事ができないので、丹波にいる豊受大御神を近くに呼び寄せてほしい」
とお告げになり、伊勢へお迎えされたとされています。
今でも外宮では、朝と夕方の一日二回、神様にお食事をお供えする祭典が続けられています。
これを日毎朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)といい、1500年ほど前から、毎日続いているそうです。
雨に濡れた森の中を歩いていると、いつも以上に静かで神秘的な感じがしました。
晴れた日の神宮も好きですが、雨の日は雨の日で悪くありません。

今回の旅の中心となる倭姫命
内宮へ行く前に倭姫宮(やまとひめのみや)へ。

ここには倭姫命(やまとひめのみこと)が祀られています。
倭姫命は、天照大御神をお祀りする場所を求めて各地を巡り、最終的に現在の伊勢の地へお祀りした皇女です。
簡単に言えば、現在の伊勢神宮へとつながる大きな役割を果たした人物。
倭姫命は、今回の旅の中心となる一人です。

倭姫命や、その前に天照大御神をお祀りしていた豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)が、旅の途中で一時的に天照大御神をお祀りしたと伝わる場所は、現在「元伊勢」と呼ばれています。
奈良や三重を中心に多く残っていて、場所も離れています。
さすがに一度ですべてを巡るのは難しいので、これから少しずつ巡っていく予定です。
今回の旅も、その第一歩です。
四つのお宮が並ぶ月讀宮
倭姫宮をあとにして、内宮へ向かう途中に月讀宮(つきよみのみや)へ立ち寄りました。
ここには四つのお宮が並んでいます。

- 伊佐奈彌宮(いざなみのみや)
- 伊佐奈岐宮(いざなぎのみや)
- 月讀宮(つきよみのみや)
- 月讀荒御魂宮(つきよみあらみたまのみや)
イザナギとイザナミは天照大御神のご両親。
月讀尊は、天照大御神の弟神です。
ご家族が並んで祀られているのですね。
そして気になるのが、月讀尊を祀るお宮が二つあること。
一つは通常の月讀宮。
もう一つが、月讀尊の荒御魂(あらみたま)を祀る月讀荒御魂宮です。
神様にはさまざまな御魂の働きがあるとされ、その中でも荒御魂は、特に力強い働きを表す側面といわれています。
今取り組んでいることや、これから挑戦したいことがあれば、その想いをお伝えしてみるのもよいかもしれません。
境内には参拝する順番も案内されているので、それに従って一社ずつお参りしました。

倭姫命が定めたと伝わる神宮神田
月讀宮から車で5分ほどのところにあるのが、神宮神田(じんぐうしんでん)。

ここは伊勢神宮の祭典で神様へお供えする、御料米を育てている水田です。
そしてこの神田も、約2000年前に倭姫命が定めたと伝えられています。

現在もここで育てられたお米が神宮の祭典で使われています。
ちなみに、伊勢神宮で使われる御塩(みしお)も、倭姫命が二見浦の地で定めたと伝えられています。
2000年以上前に始まったとされるものが、今も伊勢で受け継がれている。
倭姫命の足跡を知れば知るほど、伊勢神宮に残したものの大きさを感じます。
何度訪れても特別な内宮
そして、いよいよ伊勢神宮 内宮(皇大神宮)へ。

御祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)。
これまで全国のさまざまな神社へ参拝してきましたが、伊勢の神宮はいつ訪れても特別な気持ちになります。
特に内宮は、宇治橋を渡ったところから明らかに空気が変わるような感覚があります。
もちろん感じ方は人それぞれですが、私にとっては、何度訪れても特別な場所です。
五十鈴川を眺め、森の中を歩いて御正宮へ。

お願い事をするというより、
今日の平穏や、今年も無事にここまで来られたことへの感謝
をお伝えしてきました。
毎年こうして神宮へ参拝できること。それだけでもありがたいことだと思います。

内宮参拝のあとは伊勢名物を
内宮を参拝したあとは、少し遅めの昼食へ。
向かったのは、内宮近くの奥野家。

せっかく伊勢まで来たので、伊勢名物の伊勢うどんとてこね寿司をいただきました。

やわらかく太い麺に、濃いめのたれを絡めて食べる伊勢うどん。
漬けにした魚をご飯と一緒にいただくてこね寿司。
たくさん歩いたあとの身体にしみる美味しさでした。
こうして、その土地の名物をいただくのも旅の楽しみのひとつです。
元伊勢「伊蘓宮」と伝わる磯神社|伊勢神宮との深い関わり
この日最後に訪れたのが、磯神社(いそじんじゃ)。
磯神社は、元伊勢の「伊蘓宮(いそのみや)」と伝わる神社です。

今回ここを訪れたのにはもう一つ理由があります。
実は、磯町と伊勢神宮には深い関わりがあります。
その話に欠かせないのが、伊勢神宮の式年遷宮(しきねんせんぐう)です。
式年遷宮とは、20年に一度、神宮の御社殿などを新しく造り替え、神様に新しい御社殿へお遷りいただく大切なお祭り。
約1300年前から続いています。
ところが戦国時代になると世の中が乱れ、式年遷宮を行うための費用を集めることが難しくなりました。
その結果、約120年間も式年遷宮が中断した時代があります。
神宮にとって、これは一大事です。
このあたりの歴史は、私も神社検定2級の勉強を通して知りました。
その式年遷宮の復興に大きな役割を果たしたのが、慶光院(けいこういん)の尼僧たちでした。
慶光院の尼僧たちは全国を巡って寄付を集め、式年遷宮の復興に尽力します。
その功績によって、現在の磯町にあたる磯村は慶光院の領地となりました。
そして磯町には今も、式年遷宮で使われる御用材の中でも特に重要な、内宮正殿の御扉木(みとびらぎ)を運ぶ役目が受け継がれています。
境内には、1985年から1990年まで神宮の大宮司を務めた慶光院俊氏が寄贈した額も飾られています。

ただ神宮へ参拝するだけではなかなか知ることのできない歴史です。
伊勢神宮は、長い歴史の中で多くの人たちに支えられながら、今まで受け継がれてきたんですね。
こうした背景を知ったうえで神宮を参拝すると、より一層ありがたみを感じられるようになりました。
伊勢から奈良へ
二見興玉神社から始まり、外宮、倭姫宮、月讀宮、神宮神田、内宮、そして磯神社。
大雨の中での一日でしたが、初日からかなり濃い旅になりました。
そして翌日は、さらに山深い奥伊勢へ。
瀧原宮を訪れ、そのまま奈良へと向かいます。
ここから先は、倭姫命だけでなく、神武天皇、崇神天皇、大物主神、そして古代大和の歴史へとつながっていきます。
伊勢から始まった旅は、ここから少しずつ古代の大和へ向かっていきます。

