出雲の旅、2日目。
この日は車を借りて、少し遠くまで足を延ばすことにしました。
向かったのは、古代出雲の遺跡から、神話に登場する神社や場所。
最後は松江城まで、かなり盛りだくさんの一日です。
まずは荒神谷遺跡へ

最初に訪れたのは、荒神谷遺跡。
ここは、発掘調査によって大量の銅剣が見つかったことで知られている場所です。

発見された銅剣は、なんと358本。

これほど大量の銅剣が、ひとつの遺跡からまとまって発見された例はありません。
さらに銅鐸や銅矛なども発見されており、当時の出雲に大きな勢力が存在していたことを考えるうえで、非常に重要な遺跡となっています。
古事記や出雲神話に描かれている世界。
それを「神話」として読むだけではなく、実際にこの土地に残された遺跡や出土品と重ねてみると、少し違って見えてきます。
もちろん、遺跡の存在だけで神話そのものが史実だったと証明できるわけではありません。
それでも、古代の出雲にこれほど大きな文化や勢力が存在していたことを示すものが実際に残されているのは面白いですね。
敷地内には博物館もあるので、時間をかけてゆっくり見て回るのもおすすめです。
玉作湯神社へ

次に向かったのは、玉作湯神社。
ここで祀られているのは、玉造にゆかりの深い玉祖命。
古事記に登場する有名な「天岩戸」の場面では、天照大御神が天岩戸にお隠れになった際、神々がなんとか外へ出てもらおうと、さまざまな策を考えます。
そのひとつが、榊に鏡や勾玉を掛けて奉るというもの。
その勾玉を作った神様が、玉祖命です。
その玉祖命を御祭神としてお祀りしているのが、ここ玉作湯神社とされています。

境内では「叶い石」のセットをいただきました。

天然石の「叶い石」を境内にある「願い石」に触れさせて祈り、その石を御守袋に入れて持ち帰るというものです。
お賽銭ではなく、お願い事を書いた紙を納めるというのも面白いところ。
ただ、納め方がよく分からず、神主さんに教えていただくために、階段を3回ほど登ったり降りたりしたのは、ここだけの話です(笑)
須我神社へ

続いて向かったのは、須我神社。
ここには、古事記で有名なあの和歌が残されています。
「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」
日本最古の和歌ともいわれる歌です。

須佐之男命は八岐大蛇を退治した後、櫛名田比売とこの地に住まわれました。
そのときに「なんと清々しい場所だ」と仰ったことから、この地は「須賀」と名付けられたと伝えられています。
また、古事記に登場する最初の神社であることから、「日本初之宮」とも呼ばれています。
島根県雲南市大東町須賀
今も「須賀」という地名が残っています。
古事記が完成したのは712年。
そこに登場する地名が、1300年以上経った今も残っているなんてすごいですよね。
そして、この日は清々しいほどの大雨でした(笑)

せっかくなので、茅の輪もお受けしました。
6月頃になると神社でよく見かける大きな茅の輪。「茅の輪くぐり」として、夏越の祓などで親しまれている風習です。
その由来には、須佐之男命が登場する「蘇民将来」の物語があります。須佐之男命が疫病から身を守るため、茅の輪を身につけるよう教えたことが、現在の風習につながったとされています。
須佐之男命をお祀りする須我神社で茅の輪をお受けすると、より一層ありがたみを感じました。
須我神社の奥宮へ

そのまま須我神社の奥宮へ向かいます。
本宮と奥宮を合わせてお参りする「二宮詣り」が、古くからの習わしとされています。

奥宮までは20分ほどの、ちょっとした登山。
ただ、ひたすら階段が続きます。
しかも、この日は大雨。
木の階段は滑りやすく、見事にすっ転びました(笑)
古事記の中で、大国主神がさまざまな試練を受ける場面がありますが、
「これは自分も、ちょっとした試練を与えられているのでは?」
なんて思いながら登りました。

八雲山の山中に、3つの大きな岩が寄り添うように並んでいます。
奥宮には、須佐之男命、櫛名田比売、そしてその御子である清之湯山主三名狭漏彦八島野命が祀られています。
神域という言葉がよく似合う、静かで厳かな場所でした。
不思議なもので、晴れているときよりも、雨の中を登っているほうが、古事記の世界に入り込んでいるような気がします。
大変ではありましたが、それも含めて楽しい時間でした。
八重垣神社へ

次に訪れたのは、八重垣神社。
ここも須佐之男命と櫛名田比売にまつわる神社です。
須佐之男命が八岐大蛇を退治した後、櫛名田比売を八重垣で守ったと伝えられています。
二人がこの地で結ばれたことから、「日本最古の結婚式」が行われた場所ともいわれています。
縁結びといえば出雲大社が有名ですが、こちらも縁結びの神社として有名な場所。

境内にある鏡池では、紙を水に浮かべて、その沈む早さや場所からご縁を占う「鏡池占い」も体験しました。
ちなみに、連続テレビ小説『ばけばけ』にも登場したそうです。
黄泉比良坂へ

だんだんと陽が落ちてきました。
最後に向かったのは、黄泉比良坂。
ここは、あの世とこの世の境とされる場所です。

古事記では、伊邪那岐命が亡くなった妻・伊邪那美命を追って、黄泉の国へ向かいます。
その黄泉の国と現世との境にあるとされているのが、黄泉比良坂です。
実際にその場所に立ってみると、思っていた以上に静かでした。

ちょうど桃の木も生えていました。
黄泉の国から逃げる伊邪那岐命が、追ってきた醜女たちに桃を投げつけたという、あの場面を思い出しますね。

こちらが、伊邪那岐命が黄泉の国との境を塞いだとされる「千引の石」です。
この物語は、まだ天照大御神や須佐之男命が生まれる前の話です。
本で読んでいた神話の舞台に、実際に立っている。
それだけで、神話の世界が少しだけ現実に近づいたような気がしました。
心なしか少し寒気がしたので、早々に撤収しました(笑)
揖屋神社にも立ち寄る

黄泉比良坂と直接の関係があるわけではありませんが、すぐ近くにある揖屋神社にも立ち寄りました。
参拝していると、神主さんから「どちらからいらしたんですか?」と声をかけていただきました。
「東京です」と答えると、
「遠くからありがとうございます」
と優しく声をかけてくださいました。
こういう何気ないやり取りが、旅先では心に残りますね。

最後は松江城へ

この日の最後は松江城。
すっかり陽も落ちて、到着した頃にはもう夜になっていました。
古代の遺跡から始まり、神社を巡り、神話の舞台を訪れ、最後は松江城。
気がつけば、かなりいろいろな場所を巡っていました。
そのまま出雲方面へ戻る途中、玉造温泉に立ち寄り、日帰り入浴。
さすがに一日の疲れが出てきました。
神話の世界をたどった一日
荒神谷遺跡で古代出雲に触れ、
玉作湯神社で勾玉の神様を訪ね、
須我神社では須佐之男命と櫛名田比売の物語に触れ、
八重垣神社では二人の縁にまつわる場所を歩き、
黄泉比良坂では、この世とあの世の境に立つ。
そして最後は松江城へ。
振り返ってみると、かなり濃い一日でした。
疲れはしましたが、それ以上に、古事記の世界を実際の土地で感じることができました。
本で読んでいた神話が、地名や神社、遺跡とつながっていく。
そうやって実際にその土地を歩いてみると、出雲という場所がまた違って見えてきます。
古代から現代まで続く長い時間の中を、一日かけて歩いたような旅でした。

