この日は、古墳や天皇陵など屋外を中心に巡ります。
朝はまだ雨が降っていましたが、お昼近くには止む予報。
屋根のない場所を巡るので、少し遅めに出発しました。
この日は桜井市・纒向周辺を中心に回ります。
三輪山本|にゅうめんをいただく
まずは三輪山本へ。

朝ごはんと昼ごはんを兼ねて、少し早めの昼食です。
桜井は、そうめん発祥の地ともいわれる場所。
店内も落ち着いていて、ゆっくり食事ができます。
注文したのは、梅のにゅうめん。

こんなことを言うのもあれですが、今まで食べたにゅうめんの中で一番おいしかったです。
ゆっくり食べているうちに、ちょうど雨も止みました。
ここから古墳巡りを始めます。
箸墓古墳|日本最古級の巨大前方後円墳
最初に向かったのは、箸墓古墳(はしはかこふん)。
今回の旅で楽しみにしていた場所の一つです。
三輪山本の目の前にあります。

箸墓古墳は、3世紀頃に造られたと考えられている日本最古級の巨大前方後円墳。
全長は約280m。
古墳をちゃんと見るのは、これが初めてでした。
せっかくなので周囲を一周。

20分ほどで歩けます。
実際に歩いてみると、かなり大きい。
箸墓古墳には誰が眠っている?
被葬者は明らかになっていませんが、『日本書紀』では倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)の墓とされています。
また、百襲姫命を邪馬台国の女王「卑弥呼」と重ねる説もあります。

箸墓という名前にも、『日本書紀』に由来する話があります。
百襲姫命は大物主神と結ばれましたが、大物主神が姿を見せるのは夜だけ。
百襲姫命が昼にも姿を見せてほしいと願うと、大物主神は翌朝、櫛箱の中に小さな蛇の姿で現れました。
驚いた百襲姫命は、その後、箸が身体に刺さって亡くなったとされます。
そこから箸墓と呼ばれるようになったと伝えられています。
纒向遺跡|初期ヤマト王権を考える場所
続いて向かったのが纒向遺跡(まきむくいせき)。
JR巻向駅のすぐ近くに、遺跡を見学できる広場があります。


纒向遺跡は、箸墓古墳や周辺の古墳を含む広い遺跡群。
3世紀頃の大規模な集落跡が見つかっていて、初期ヤマト王権の成立を考えるうえで重要な場所とされています。
神社検定2級のテキストにも最初のほうで登場した場所です。
案内板を見ていると、一人の男性と遭遇。島根から来たそうで、車で全国の史跡を巡っているとのこと。
少し話をしていると、
「近くの古墳も見ておいたほうがいいですよ」
と教えてくれました。
こういう旅先での出会いも面白い。
そこで予定を少し変えて、周辺の古墳も見に行くことにしました。
箸墓より前の古墳を巡る
訪れたのは、纒向石塚古墳・纒向勝山古墳・ホケノ山古墳の3か所。
私は箸墓古墳が一番古いと思っていましたが、これらは箸墓より前の段階に造られたと考えられている古墳です。



これらは箸墓古墳よりかなり小さく、場所によっては近くまで行ったり、墳丘に登ったりすることもできます。
箸墓古墳のすごさは、その大きさ
周辺の古墳を見たあとだと、箸墓古墳の大きさがよく分かります。
それまで80〜100mほどだった古墳に対して、箸墓古墳は約280m。

かなり規模が違います。
これだけ大きな古墳を造れる力を持った勢力が、この時期に現れたということ。
箸墓古墳が、ヤマト王権の成立を考えるうえで重要視される理由の一つです。
崇神天皇陵|『古事記』中つ巻の世界へ
続いて向かったのは、崇神天皇陵。



山邊道勾岡上陵(やまのべのみちのまがりのおかのえのみささぎ)、または、行燈山古墳(あんどんやまこふん)とも呼ばれます。
私が『古事記』で特に好きなのが、
崇神天皇・垂仁天皇・景行天皇
の三代です。
『古事記』では中つ巻にあたります。
崇神天皇の時代には、今回の旅につながる重要な話がいくつも登場します。
天照大御神を宮中の外へ
崇神天皇の時代、国内に疫病が流行したと伝えられています。
そこで、それまで宮中で祀っていた天照大御神を、その強い神威を畏れ、宮中の外で祀ることになりました。
その役目を任されたのが豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)。
その後、役目は倭姫命(やまとひめのみこと)へ引き継がれ、最終的に天照大御神は伊勢に鎮座します。
今回の旅の最初に巡った伊勢神宮とも、ここでつながります。

大物主神が夢に現れる
疫病が収まらない中、崇神天皇の夢に大物主神(おおものぬしのかみ)が現れます。
そして、
大田田根子に自分を祀らせるように
と告げました。
その言葉に従って祀ったところ、疫病が収まり、国も安定したと伝えられています。
大物主神は、今回何度も登場している三輪山の神様。

崇神天皇は『古事記』で、
「初国知らしし御真木天皇(はつくにしらししみまきのすめらみこと)」
とも呼ばれています。
初めて国を治めた天皇、という意味に解釈される言葉です。
次の垂仁天皇陵は少し離れた場所にあるため、別日に訪れることに。
この日はその先の景行天皇陵へ向かいます。
景行天皇陵|ヤマトタケルの時代へ
崇神天皇陵から車で5分ほど。
続いて向かったのは、
景行天皇陵。

山邊道上陵(やまのべのみちのえのみささぎ)、または、渋谷向山古墳(しぶたにむかいやまこふん)と呼ばれます。
景行天皇といえば、やはり息子の倭建命(ヤマトタケルノミコト)。
『古事記』では、九州南部の熊襲(くまそ)や出雲、東国へ向かい、各地を平定していきます。
東国へ向かう前には伊勢へ立ち寄り、叔母の倭姫命を訪ねます。
そこで授けられたのが、草薙剣。
三種の神器の一つで、現在は熱田神宮(名古屋市)に祀られていると伝えられています。
三種の神器
八咫鏡(伊勢神宮)
草薙剣(熱田神宮)
八尺瓊勾玉(皇居)
その後、ヤマトタケルは伊吹山の神に挑み、帰路で力尽きます。
ここでも倭姫命が登場しますね。
『古事記』一冊で、ここまで旅が広がる。
点と点が線で繋がる感覚がほんとうに楽しい。
これが今回の旅で、もっとも面白かったところです。
この日は、もう少し桜井周辺を巡ります。

