「経験は積み重ねず、並べるもの」

「経験は積み重ねず、並べるもの」

日本人で初めて世界の8000m峰14座すべてを登頂した竹内洋岳さんの言葉です。この言葉を聞いた時の衝撃が忘れられず、今でも大切にしています。

たとえば、単純作業を繰り返すような場合であれば、経験はとても重要になってきます。経験を重ねれば重ねるほど上手くなったり速くなったりもする。しかし、山はそうではない。同じ登山というのは二つとない。一度登れた山だからといって、二度目も確実に登れるという話には絶対になりません。条件も違ってくるし、自分自身のコンディションによっても違ってくるし、パートナーによっても違ってくる。登山というのは、毎回が初回なのです。

(標高8000メートルを生き抜く 登山の哲学)

これって登山だけでなく、どんなことにも言えることだと思います。

例えば、ダイエットなんかそうでしょう。これからダイエットを始めるAさんとBさんがいて、二人とも同じ身長、体重、体脂肪量、筋肉量だとします。そして、目指すゴールも同じだとします。

そこで、Aさんが2ヶ月で目標を達成したとしましょう。すると、Bさんも同じ方法でダイエットをすれば2ヶ月で目標を達成できるはずです。理論上は。

けど、実際にはそうはいかないわけです。話はそんな単純ではないのです。人間は機械ではありませんので、感情を持った生き物です。性格だって違いますし、喜怒哀楽の波だって違います。

それに、二人とも生活リズムも違いますし、仕事の内容や就業時間も違う。さらに、体力レベルやモチベーション、交友関係、ストレスの感じ易さまで、すべてが違うはずなのです。なので、Aさんと同じ方法を試したところで、Bさんが必ず成功するとは限らないのです。

また、竹内さんは「想像すること」の大切さについて触れています。

だから、経験は「知識」にはなるけれど、あまり役には立たない。経験を積み重ねれば積み重ねるほど、むしろ登山はつまらなくなってしまうとさえ私は感じています。経験を積み木のように重ねて行けば、どんどん高くなります。その結果、ゼロから始めていたことが、たとえば10の高さからスタートできるようになる。それは、想像する楽しみが減ってしまうだけでなく、非常に危険なことでもあります。

何が起こるかわからないから、何が起こっても対処できるように想像して山に登るのです。最初から10の経験を持ち込んで山に登ればその部分には想像が入る余地がなくなる。ところが待ち構えているのは、過去に経験した状況とは異なる状況です。経験に従って登ることは、現場で判断を下して行動するのではなく、マニュアル通りに行動するようなものです。

(標高8000メートルを生き抜く 登山の哲学)

ある程度、登山に慣れてくると「前の山はこう登ったから、今回もこんな感じで大丈夫だろう」と考えてしまう癖が出てきます。

昨日登った山だからといって、今日も同じ山だとは限りません。気温だって違いますし、風の強さだって違う。もしかしたら倒木や落石だってあるかもしれない。

登山のような自然相手のスポーツだけでなく、対人競技や個人競技だって同じことが言えます。その日の体調だって違えば、コンディションだって違う。試合会場も違えば、観客の数だって違うかもしれない。

なので、経験を「積み重ねる」という捉え方をすると、そこに想像が入る余地がなくなり、何かあった時には冷静な判断ができなくなってしまうのです。

しかし、経験を「並べる」という捉え方をすれば、カードを手元に広げるようにすべてを見渡すことができます。そして、色んな並べ方や組み合わせを自由に考えることができます。

僕はソロ登山が多いので、竹内さんの考え方を参考に、こうしたことを考えながら登っています。そうすると、こっちの山はこうなんだね、これはこれで面白いね、という見方ができるようになり、楽しみ方の幅が広がるのです。

「経験は積み重ねず、並べるもの」

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