南アルプス「北岳」にて落雷事故に遭遇。命のありがたみを感じた日。

ご存知の方も多いと思いますが、先日8月7日に、南アルプスの北岳で落雷事故がありました。

私がご遺体の第一発見者となりました。落雷の被害に遭ったのは21歳の男子大学生です。同じ景色を見ながら登山を楽しんでいた者として、本当に残念です。

私自身、まだ心のショックが癒えておらず、この記事を書いている今も胸が締め付けられる想いで一杯です。山の写真を見るだけで、目を閉じたくなります。

しかし、記憶が鮮明なうちに、当時のことについてきちんと書いておきたいと思いました。

目次

落雷事故が起きたのは南アルプス「北岳」

落雷事故が起きたのは南アルプス。北岳と間ノ岳の間の稜線上です。北岳(3,193m)と間ノ岳(3,189m)は、それぞれ日本第2位と第3位の高峰で、日本百名山にも選定されている人気の山です。

事故が起きた時刻と場所

落雷事故が起きたのは午後2時過ぎ。北岳と間ノ岳の間の稜線上で起きました。北岳山荘を出発して、間ノ岳で折り返し、また北岳山荘に向かうルートです。中白根山を越えて北岳山荘まであと10 ~ 15分ほどの場所です。

事故当日は晴天だった

事故が起きた当日は、青空が一面に広がり、北岳山頂からは仙丈ケ岳や富士山といった遠くの山まで綺麗に見渡すことができるほどの天気でした。

天候が崩れる様子もなかったため、午前中に北岳山荘に到着して、荷物をデポしてから、その日のうちに間ノ岳をピストンする計画を立てていました。

広河原から北岳山荘に向かう

朝6時に、登山口の広河原を出発。

緑豊かで、川の流れる音が涼しい登山道を進みます。

北岳山頂に到着

10時30分に北岳山頂に到着しました。360度、綺麗に見渡せるほどの晴天でした。

北岳山荘にて休憩

11時49分に北岳山荘に到着。

食堂で昼食を食べ、テントを張りました。目の前に富士山が綺麗に見えるロケーションです。

間ノ岳までの自然あふれる稜線歩き

13:00 テントを張り終わり、間ノ岳に向けて出発。通常だと往復3 ~ 4時間ほどかかりますが、トレイルランの装備なので、だいたい半分くらいの時間で戻る計画でした。

絶滅危惧種のニホンライチョウや高山植物を楽しみながら、気持ちの良い稜線歩きを楽しんでいました。

突如現れた雨雲

14時12分、間ノ岳に到着。

すると目の前に急に雨雲が現れ、雨が、ポツ… ポツ…と少しずつ降り始めました。

山頂には親子二人組がいて、お父さんから「写真撮りましょうか?」と声をかけていただき「あ、雨降りだしちゃったんで大丈夫ですよ!ありがとうございます!」という会話をしました。

写真だけ撮って、テントに向けて急いで走りました。この時はまだ撮影できるほどの雨でした。

すると、かなり遠くのほうでゴロゴロ…と雷が鳴りはじめました。山の天候は崩れやすく、雷の到着も想像しているよりも早いということは分かっていたので、とにかく急ぎました。

凄まじい雹と雷に襲われる

ちょうど北岳山荘まであと半分というところで、突如、凄まじい雹(ひょう)に襲われました。最初は激しい雨だと思いました。しかし、身体がやたらと痛かったので、地面を見たら氷のような粒が落ちていたので、雹だと分かりました。

そして、雷の音が段々大きくなり、閃光も見えはじめました。動くのは危険だと判断し、岩場の陰に身をかがめました。

ただ、北岳と間ノ岳の間ですが、身を隠すような大きな岩場やハイマツがほとんどありません。左右は急峻な崖になっており、その他は平坦な登山道が広がっているだけです。

祈りながら必死に耐える

なんとか見つけた岩陰で、身を屈めてしゃがみ、両耳を塞ぎ、目を瞑りました。

物凄い閃光が見え、巨大な破裂音が鳴り、目の前に雷が2 ~ 3発落ちました。表現できないほどの恐怖で、助かりたいという気持ちと、落ちたら一瞬なんだろうな…という諦めの気持ちが半々でした。

3000m級の稜線だと、雨雲の中にいますので、上からの落雷だけではありません。側撃という形で横からも襲ってきたり、下からも襲ってきます。また、岩に落ちた雷がそのまま伝わってくることもあるので、岩陰に隠れているからといって安全なわけではありません。本当に神頼みでした。

隙を見てとにかく小屋まで急ぐ

雷と雨が少し落ち着いたところで、小屋まで全力で走りました。

そして、また雷と雨が激しくなってきたところで、4人組の男性パーティーに会い、一緒に岩肌に身を伏せました。

ずっと一人だったので、本当に心強かったです。

小屋まであと10分のところで

しばらくすると、雷と雨が再び落ち着きました。トレイルランの装備だったこともあり、私一人はとにかく小屋まで急ぎました。

中白根山を越えて、北岳山荘が見えたので「もう少しだ…」と安心した時のことです。

14:50頃だったと思います。

岩の陰で、一人の男性がうつ伏せで倒れているのを発見しました。

上下の衣類が激しく引き裂かれ、肌が露出し、肩には焦げた跡が見えました。落雷の衝撃なのか、腕も折れたように見え、携帯電話が少し離れたところに放り出されるように落ちていました。

1 ~ 2mほど登山道から外れたところで倒れていたので、岩陰に身を隠していた時に落雷したのか、それとも落雷の衝撃で飛ばされたのかは分かりません。

この時、まだ雷と雨は止んでおらず、自分にも落ちるのではないかという恐怖から、意識確認をする勇気と余裕がありませんでした。

全力疾走で小屋まで戻り、急いで状況を伝えました。

夕方に搬送

私が第一発見者ということで、その後、小屋や警察の方々からの事情聴取に当たりました。

あまりのショックで涙も出ず、何も考えられないまま、小屋で休ませていただきました。

小屋や警察、周りの登山者の方々から優しい声をかけていただき、少し落ち着くことができました。

その後も、しばらく天候が悪く、二次災害に繋がるということで、現場には戻ることはできませんでした。

結局、ヘリで搬送されたのが18:00頃でした。

一夜明けて

深夜に自宅を出たのであまり寝ておらず、また一日行動して疲れているはずなのに、あまりのショックで寝られませんでした。テントの中でずっと色々考えていました。

下山中「なんで自分だけ助かってんだ」「なんで自分だけ、やっと帰れると思いながら下山してるんだ」という想いが沸き起こり、憤りと悲しみの混じった涙が止まりませんでした。

下山して自宅に戻ってからも、現実感がないというか、なぜ今ここにいるんだという気持ちがしばらく続きました。(今も続いています)

自分なりの答えを見つけていくことが今後の課題。

今回の事故に関して、私から一つだけお願いしたいのは、運が悪かったとか、計画が甘かったとか、そういう責め方だけはしないでいただきたいことです。特に山をされている方であれば、本当に登山が好きな方であれば、なおさらそういう責め方はしないでいただきたいです。

恐らく、あの日登っていた方の中で、天候が崩れるなんて思っていた方は、誰一人いなかったと思います。事実、私が今まで登山してきた中でも指折りの天気の良さでした。

なぜ事故に遭ったのか、なぜ助かったのか。そして、亡くなられた方のために自分になにができるのか。

その答えはしばらく見つからないかもしれません。しかし、消極的にならなずに、きちんと向き合っていくことが今後の私の課題です。

ただ、今は山のことを考えるだけで胸が苦しくなり、山の写真を見るのも苦痛なので、しばらく登山活動は控えたいと思います。

応援していただいている皆さまにはご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご理解のほど宜しくお願い申し上げます。

事故に遭われた方の、ご冥福を心よりお祈り申し上げます。彼の勇気を心から称えます。

 

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